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ビレロイ&ボッホについて

Our Brand

ブランドについて
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セラミック、カトラリー、グラスウェアそしてホーム アクセサリー。
ビレロイ&ボッホはこの4つのカテゴリーで、食卓だけに留まらないトータル・コーディネイトを提案します。

ライフスタイルに合わせたより自由なコーディネイトを可能にするため、ビレロイ&ボッホの食器は「スイッチ・コンセプト」と呼ばれる考え方をもとに、1つの柄に色やデザインが異なる複数のパターンを備え、素材の特性、色彩、シェイプなどにもきめ細かな配慮が盛り込まれています。

ビレロイ&ボッホは「食器は毎日使って楽しむもの」と考えます。
日常にこそ上質なものを。
“お客様用”にしまっておくのではなく、毎日使える耐久性と、おもてなしも可能にするデザインと高い品質の商品をご紹介し続けています。

History

ブランドの歴史

ドイツの技術とフランスの感性が融合したホームウェア・ブランド。
2018年には創業から270周年を迎え、世界で最も歴史ある陶磁器メーカーの一つとして、発展を遂げています。
ドイツのすぐれたテクノロジーとフランスの繊細なファッションセンスの融合。そこから生まれる名作の数々は、世界中の多くの人々を魅了しつづけています。

そんなビレロイ&ボッホの歴史をご紹介します。

1748年 創業

後期バロック時代、砲弾職人として名を知られていたドイツ人フランソワ・ボッホはヨーロッパ中心部の自治国家ロレーヌ公国 オーダン・ル・ティッシュにおいて、陶製テーブルウェアの製造を開始。
持ち前の器用さですぐに技術を身に着け、3人の息子(ジャン・フランソワ、ドミニク、ピエール・ジェセフ)と6人の職人と共に、陶磁器製作所を設立します。

オーダン・ル・ティッシュの土は鉄分を多く含み茶色い陶器しか作れなかったため、当時貴重品として人気のあった白い陶磁器制作のため隣国のルクセンブルクから原料の土を輸入していました。

1767年 ルクセンブルグのセットフォンテーヌに 陶磁器工場設立

ロレーヌがフランス領となり、様々な特権が適応されなくなったため、ボッホの3人の息子たちはオーストリア領ルクセンブルグ市郊外のセットフォンテーヌに新しい陶磁器工場設立。
時の女帝、ハプスブルグ家 マリア・テレジアの庇護を受け、課税や地代免除などの特権を得てビジネスの規模を拡大し、「王室御用達」 (Manufacture Imperiale et Royale)として王室の紋章を付することを許可されます。

困難を乗り越えて、更なる成長を

順調に見えた事業ですが、時代はヨーロッパ全体が不穏な空気に包まれていた激動の時代。
ボッホたちの会社もフランス革命の煽りを受け、かのナポレオン軍の進撃により一旦は解体を余儀なくされます。
しかしその後、ボッホの一番若い息子 ピエール・ジョセフ・ボッホにより、会社は再建。
優秀な実業家でもあった彼は、製造が難しく経費もかかる磁器の製作だけではなく、高品質な陶器でのより大衆向けで有益なビジネスに目を向けます。

1791年 ニコラ・ビレロイが 陶磁器工場設立

一方その頃、20歳以上年上のもう一人の創立者であるニコラ・ビレロイは、ザール河沿いの町、ヴォードルヴァンジェに陶磁器工場設立します。
彼はその土地に運ばれてくる石炭と、ザール川の豊富な水を求めて、その地にやってきていました。

当時すでに成功したビジネスマンだった彼は、産業革命 発祥の国イギリスから優秀な職人を招き入れ、銅版印刷の成功や燃料としての石炭の使用など、生産工程の工業化に尽力しました。

1809年 ベネディクト寺院(現本社) 買取

ボッホ家は、ドイツ ザール河沿いのメトラーにある寺院を買いとり、近代的な陶磁器工場へと造りかえます。
世界で初めて水力ろくろを導入し、効率化のみならず森林の保護を考慮し窯の火入れに石炭を使用するなど、工業生産の時代にふさわしく機械化による生産工程を確立させます。
1812年には、そこで働く職人たちにより「アントニウス組合」が結成。
この組合は、その後のドイツ宰相ビスマルクがドイツ初の福利厚生法を定めた際のモデルにもなり、そのことによりボッホ家には貴族の爵位も与えられました。

1836年 ビレロイ家と ボッホ家が合併、ビレロイ & ボッホ社 設立

競争が激化するヨーロッパの陶磁器市場において確固たる地位を築くため、ジャン・フランソワ・ボッホとニコラ・ビレロイは各々が所有していた3つの工場(メトラー、セットフォンテーヌ、ヴォードルヴァンジェ)を合併し、ここにビレロイ&ボッホ社が設立されます。

ボッホ家はどちらかというと職人肌。技術の革新や新商品のアイディアを出していきます。そしてビレロイ家はよりビジネス的な観点から利益の追求やプロの人材を確保する、というお互いに補いあうようなビジネス観の違いがあったようです。

その後ヨーロッパ大陸で初めて、青色銅版印刷や彩色石版印刷、1850年にはボーンチャイナを導入(1825年まですべての陶磁器は手描きでした)。

1842 恋に落ちた二人が強くした二つの家族の絆

合併の話が進む中、ジャン・フランソワ・ボッホの息子 ユージン・ボッホと、ニコラ・ビレロイの孫娘オクタビー・ビレロイが出会います。 自然と恋に落ちた二人はやがて結婚。金婚式を迎えるほど長く、仲むつまじく暮らしたようです。 この二人の結婚によって、ボッホ家とビレロイ家は公私共にパートナーに。二つの家族の絆は更に強くなり、今も続くビレロイ&ボッホの礎が築かれました。

1848年 ドイツ ・ ワダガッセンに ガラス工場設立

19世紀中にはドレスデンに新工場設立、1869年にはメトラーにモザイク工場を設立。 この工場はヨーロッパ初のタイル製造専門工場であり、「メトラータイル」 の名は世界中に名を馳せます。

1879年 メルツィヒにタイル工場 設立

「メトラータイル」に各国から注文が殺到したため、ザール河沿いのメルツィヒにもうひとつのタイル工場を設立。 その後世界最大のタイル工場となり、その製品は世界遺産に登録されているケルン大聖堂や、タイタニック号の高級船室の浴室タイルにも採用されています。

1887年 装飾品及び衛生陶器に 本格参入

ヴィルヘルモ一世とその息子(後のフリードリッヒ三世)用に、翌年にはルードヴィッヒ二世のために製造したことをきっかけに、競合他社に先駆け大幅に衛生陶器部門の業務拡大を行いました。 これにより、ビレロイ&ボッホの創造性が広く市場に認められるところとなります。

1900年 アーティストによる デザイン参加

ビレロイ&ボッホはユーゲント・シュティール(ドイツ語のアール・ヌーヴォー)のアーティストたちと積極的にコラボレーション。彼らの自由な発想は商品のシェイプや絵柄に活き活きと映し出されました。

この頃から陶磁器製造工場で衛生陶器の大規模な生産が開始され、一般大衆に浴室用の陶器が行き渡るようになります。

1976年 ボーンチャイナ ・ メーカー<ハインリッヒ> 吸収合併

ドイツ・ゼルブ地方は陶磁器産業の中心地として名を馳せていた最大規模の高質陶磁器製造会社<ハインリッヒ>を吸収することにより、高品質の商品生産の幅が拡大されます。 これを皮切りに、1986年には陶磁器メーカー<ガロ・デザイン>を、また1989年にはシルバーウェア・メーカーの<コック&バーグフェルド>を吸収することにより、現在のテーブルウェア部門の基盤ができあがりました。

2001年 メトロポリタン コレクション 発表

21世紀のライフ・スタイルを象徴する、シンプルでモダン、マルチな使い方ができるメトロポリタン コレクションを発表。 料理の国籍を問わず、インテリアとしてもスタイリッシュなアイテムを発信することで、 食器メーカーに留まることなく、ホームウェア・ブランドとしてのトレンドリーダーの地位を不動のものとしました。