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ビレロイ&ボッホと絆の象徴『オクタビー』



ルクセンブルクでビジネスをはじめたボッホ家から すこし離れたモーゼル川近くで、
岩塩抗の営業マネージャーを行っていたニコラ・ビレロイは、独立した同僚の誘いを受けて、
1789年にフラウエンベルクのストーンウェア工場のパートナーとなりました。

工場が現在のザールラント州ヴァラーファンゲンに移転するころには、10%のみのシェア
だったパートナーシップは、半分にまで増えていました。
彼らの工場のほど近くにあった、ナポレオンの戦争捕虜のキャンプにいた、イギリス人の
工房経験者を雇い入れ、ヴァドガッセンの修道院を買い入れて事業を拡張し、ビジネスを
スタートしてから9年間でビジネスを安定させることができました。

 

一方、ルクセンブルクのセットフォンテーヌで陶磁器のビジネスを開いていたボッホ家も、
フランス革命の影響をおおいに受けました。
フランス革命軍がセットフォンテーヌまで押し寄せ、ピエール・ジョセフ・ボッホら一家は
セットフォンテーヌを退去せざるを得なくなりました。
9か月後に戻った際には、屋敷・工房は廃墟のような状態と化し、それまでに積み上げた努力は、
また一からのスタートとなってしまったのです。

 

しかし、また別の面でのチャンスもありました。ナポレオンが大陸封鎖を行ったため、
イギリスからの物資や商品の供給がストップし、陶磁器の需要も高まったためです。

 

左)ニコラ・ビレロイ 右)ジャン・フランソワ・ボッホ

 

 

ジャン・フランソワ・ボッホは、事業拡大のため、公的なオークションにかけられていた
メトラッハの修道院の買い入れを行い、ボッホ家とビレロイ家は、ほど近くで同じ事業を営む、
競合他社となったのです。彼らは、競合が増える中、競争力をつけるため合併を行うことを考えはじめました。
一方はエンジニアタイプ、もう一方はビジネスマンタイプという、まったく異なる両者の強みを生かすことで、
この先のビジネスにより競争力をつけようと考えたのです。

 

両者が合併の合意にサインをし、ビレロイ&ボッホとなったのは1836年4月14日のことでした。
その合併の会合を行う中、ジャン・フランソワ・ボッホの息子 ユージン・ボッホと、ニコラ・ビレロイの孫娘
オクタビー・ビレロイは出会い、自然に恋に落ち、結婚をすることとなりました。
これをもって、ビレロイ&ボッホは公私ともにパートナーとなったのです。
そんなふたりー両家の絆をデザインしたのが『オクタビー』シリーズです。ボウルとステムの間にあしらわれた
繊細なカッティングは、可憐なオクタビーをイメージしてデザインされました。

 

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左)オクタビー・ビレロイ 右)ユージン・ボッホ